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2007年5月 1日 (火)

五月人形3

4月21日『消えないシャボン玉』4月23日『五月人形』の続きで実家にある五月人形の紹介です。

Kintarou1

鯉を釣る金太郎でしょうか。

Kintarou2

なかなかかっこいいです。

次に紹介する人形は最近ではあまり見かけなくなったみたいです。

正直、私の子供の頃から飾ってあった記憶はあるのですが、この人物が誰なのか判りませんでした。母親に聞いてみたところ神武天皇と鍾馗様(しょうきさま)だということで、神武天皇に関する知識は少しありましたが、鍾馗様と聞いてもピンときませんでした。

Jinmu1

フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』によると、

神武天皇(じんむてんのう、伝 庚午年1月1日(紀元前711年2月13日) - 伝 神武天皇76年3月11日(紀元前585年4月9日))は、日本の初代天皇(在位:神武天皇元年1月1日(紀元前660年2月11日)- 神武天皇76年3月11日)。日本神話以降に相当するとされる初代天皇。

即位した2月11日は日本が建国された日とされ、第二次世界大戦前は紀元節、戦後も建国記念の日として祝日である。

歴史的実在について否定的見解が強い。『古事記』には神倭伊波礼琵古命とあり、『日本書紀』には神日本磐余彦尊(かんやまといわれひこのみこと)・始馭天下之天皇(はつくにしらすすめらみこと)・若御毛沼命(わかみけぬのみこと)・狹野尊(さののみこと)とも。

Jinmu2

気品に満ちたお顔立ちです。

神武天皇に比較して鍾馗様は

Syouki1

ご覧のようにとても恐ろしいお顔立ちです。それもそのはずで鍾馗様と閻魔様を混同している人も多いようなのです。

鍾馗様(しょうきさま)の伝説は、古代中国「唐」の時代にさかのぼるそうです。 当時終南山という地に錘馗という青年が住んでいたそうです。彼は高級官吏となるべく都へ出て、試験を受け見事トップ合格して「状元」という称号を受けたそうですが、髭面 で大男の彼は人相がとっても悪かった為に、謁見した玄宗皇帝に怖がられ、状元の称号を取り消されてしまい、絶望した錘馗は自殺してしまったそうです。その後、玄宗皇帝がマラリアにかかり、病の床につきます。高熱に浮かされる中で皇帝は、自分に取り憑く多くの悪鬼を大鬼が現れて退治する夢を見たそうです。皇帝が夢の中で「お前は誰だ」と尋ねると、自分はあの鍾馗だと言うのです。そして、自分は官吏の試験に落ちて絶望して自殺したが、手厚く葬られたのでその恩に報いるため、天下国家の災いを除くことに執心しようと誓いを立てました。と述べたそうです。
夢からさめた玄宗皇帝は、不思議と病気が全快していました。皇帝は自分の短慮を深く後悔し、急いで画家を呼ぶと夢で見た鍾馗を描かせたそうです。そして皇帝は、自分の命を救ってくれた錘馗を今後は神として定め、祀ることにしました。以来錘馗様は、受験の神様・疫病除けの神として祀られるようになったそうです。
右手に破魔の剣を持ち、左手で八苦を抑えて、周囲をにらむような怖い表情で見渡す錘馗様。でもとっても努力家で頭のいい、優しい人だったのです。
そこから端午の節句では、赤ちゃんを病魔から守り、頭が良くなるようにと受験の守り神として鍾馗様を飾るようになったそうなんです。

Syouki2

確かに恐ろしい顔ですねぇ。でもやっぱり人間は顔じゃないってことですよね。

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本日の朝取りのミニ竹の子です。

Minitake1

Minitake2

皮を剥いたら食べるところはなさそうですね。

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